105歳の文枝さん

11月に文枝さんが亡くなられました。

 

10月23日、文枝さんはみんなが驚くほどご飯をパクパクと食べてくれました。みんなで「食欲の秋だね」なんて話していました。

次の日から文枝さんは眠り始めました。次の日も目を覚ましてくれません。息子さんに伝えました。きつそうな感じではなく見る限り眠っているようだ・・・と。

次の日の夜になると急に体温が下がり34℃台になりました。西宮に住んでいる長男さんがちょうど来られ、先生に診察してもらいました。先生はゆっくりゆっくり時間をかけて文枝さんの様子を見てくれました。

「見てのとおり、時間の問題です」

眠り始めてから飲み食べができなくなった文枝さんを前に私たちは点滴の必要性があるのか否か悩みました。点滴をすることで文枝さんがきつくなるのであればしてほしくない、でもこのまま飲み食べができなければ文枝さんは・・・・。

そんな風に悩んでいた私たちの迷いを解決してくれたのが長男である俊さんの一言でした「(文枝さんを見て)これは自然なことだと思います」105歳生きてきて終わりを迎えようとしている。先生と息子さん達で話をした時も文枝さんにとって痛みや苦痛を取り除くが積極的な医療は行わないと話されていました。

息子さん達が交代で24時間付き添われました。

「今日で何日目だろう」

「まだ自分で痰を出せる元気があるよ」

「お母さんすごいね」

お孫さんが来て声をかけると文枝さんは目を開けてじーっと見つめていました。少しづつ文枝さんの体は小さくなっていきました。

眠り始めてから毎日往診に来てもらいました。

「時間の問題です」と言われていた文枝さんは先生に「医者の出番がないですね」と言わせるほどただ眠っているようでした。

眠り始めてから14日目、段々と呼吸が弱くなってきました。15日目の朝を迎えるころ、目を覚ましてきたお年寄りと一緒に見守りました。

「文枝さん小さくなったね。何か食べてくれたらいいのに・・・」

この日は光子さんの誕生会があり、光子さんに今年の抱負をたずねると文枝さんを指さします。職員が「文枝さんを目指しますか?」と聞くと大きく頷かれました。

文枝さんの血圧が下がり始め、先生から話がありました。

「今日か明日かだという状況です」

文枝さんは一生懸命呼吸していました。笑子さんは「何か食べさせて。リンゴジュース飲ませて」と頼みます。みんなで一緒に見守りました。夜になると宅老所の職員も集まりました。文枝さんと出会った頃の話をしてみんなで笑いました。それからも一呼吸一呼吸、見守りました。呼吸がゆっくりになり、少しずつ間隔があくようになりました。文枝さんは一生懸命息を吸っていました。最期の呼吸までみんなで静かに見守りました。

「終わりましたかね」

文枝さんは10月24日に眠り始め、ゆっくりと自分の力を使い果たし亡くなられました。15日間、全くきつそうな表情をされず家族・お年寄り・職員・OBの職員・地域の方との時間を作ってくれました。人が老いて自然に亡くなることは苦しいことではないのだと教えてくれました。私たちのユニットの名前を「ばんざい」と決めてくれた文枝さんはこれからも私たちの側にいてくれる気がしています。

文枝さん、ありがとうございました。

DCIM0380

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