命拾い

油山の尾根から灰色の雲が近づいてきて、涼しい風が桧原のまちに夕立を運んできました。

「これで涼しゅうなる!」といって、窓際のソファで雨に濡れはじめた隣家の瓦屋根を眺めていたクニ子さんは、おもむろに腰を上げて外のデッキへつながる出口のほうへ歩んでいこうとされます。

少し不自由な右足を引き摺りながら、ピアノのふたや長椅子の背もたれをつたって、ようやくたどりついたガラス戸を開けると、側に置いてある工具やら庭弄りの道具がごちゃごちゃ入っている白い発泡スチロールの箱の中から、迷うことなく花切ばさみを取り出し、そのままデッキの向こう側のゴーヤのグリーンカーテンのほうへ向かわれました。

一歩ごとに右側にかくん、かくん、と傾きながら、地面まで40センチほどの高さのあるデッキの端に向かう後姿を見ていたら、そのままグリーンカーテンに突っ込んで地面に落ち、視界から消えるクニ子さんの姿が脳裏をよぎって、すこし冷や汗が出てきます。

「用心してね」と声をかけたいのをぐっとこらえて、いつ転んでも咄嗟に掴んで支えられる距離を保ちながら、気付かれないようにそっと後ろをついていきました。

 

「ついてこんで、よかとよ。」

「いや・・私も夕立に用があるので。」

 

後をつけていたことがばれていたことにうろたえ、わけのわからない返答をしていると

「このみたんなかとば、すっぴゃー押し切ってしまおう」

(このみっともないものをすべて切ってしまおう)

と枯れたゴーヤのツルをハサミで指して、にっこり微笑みかけてくださいました。

 

枯れていく葉を眺めるのも一興ですが、クニ子さんはとてもきれい好きです。

8月の終わりごろから、日が暮れるとはさみをもって、茶色くなり始めた葉っぱを片っぱしからむしり取っていくのが日課のようになっておられるのでした。

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通り雨のおかげで、デッキには心地よい初秋の空気が満ちていたので、今日はゆっくり作業してもらおうと椅子を用意しました。

「椅子なんかいらんよぅ、よかとけー」

と言いながらゆったりと腰を下ろして、網に絡みついて取りづらいゴーヤのつるを、しわしわの手でひとつひとつ丁寧にほどき、網まで切ってしまわないように一心に目を凝らしながら、

ぱちん・・ぱちんと・・

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・・おもいっきり網もろとも切っておられます・・

 

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「クニ子さん、それあみやん!」

「はぁあん!!?怒」

「いえ・・何でもないです。ところでそこの実、なんかもう上のほうが黄色くなっているし、切ってもいいんじゃないですかね?」

と聞いたところ、

「いんにゃ、これはまだ生きとるよぅ・・。」

と言って、こんどはゴーヤに微笑みかけ、つかんだ手をそっと元に戻されました。

あすの朝は、スッキリとよみがえった緑のカーテンの真ん中で命拾いしたゴーヤが、静かに顔を出していることでしょう。

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