2024.10.26 第1回 森フェス開催!!

PXL_20240924_065945329

2024年10月26日(土)12時~17時
よりあいの森にて、第1回「森フェス」~野垂れ時ぬ覚悟で生きとる!~を開催します!!

よりあいの森は2015年に開所して、今年で10年目を迎えます。「節目となるこの年を初めとして、毎年恒例となる地域に根付くようなお祭りをしたい!!」このような思いから、よりあいの森フェスティバル!略して「森フェス」を計画、開催することに決めました。

この10年間、地域の方々、お年寄りのご家族、支援者の方々等、本当に色々な方々のご協力のおかげで今もよりあいの森は変わることなく運営していくことができています。

この場を借りて感謝申し上げます。本当にありがとうございます。

お年寄り達にとっての10年間は長いものです。この間、たくさんの別れと新たな出会いがありました。開所当初からよりあいの森で暮らしているお年寄りも数える程となりました。

その時、その時の一人一人のお年寄り達との過ごした時間と物語は今も語り継がれており、私たちの実践を後押ししてくれています。

これからも、よりあいの森のお年寄り達の暮らしを、これまで繋がりのあった方々と共に支えていきたいです。そして、さらに新しい出会いも楽しみにしています。

「森フェス」は今年を第1回目として、毎年恒例の地域に根付くお祭りにしたいと思っています。ぜひ!今後ともよりあいの森のことを温かい目で見守っていただき、変わらぬご支援、ご協力をいただければ幸いです。どうぞよろしくお願いいたします。

PXL_20240926_010941366

ユニットでは、10月から始まるカウントダウン日めくりカレンダーをつくって、みんなで森フェスの開催を「どきどき、わくわく」しながら楽しみにしています。

当日の会場で、お年寄り、職員、出演者、参加者一同でお待ちしております。みんなで楽しみましょう!!ぜひ!足を運んでいただければ嬉しい限りです!

よりあいの森 納涼祭2024

IMG_3831

今年も開催することができました。よりあいの森の「納涼祭」。

まずはお馴染み、職員お手製の流し台でのソーメン流しから始まりました。1階大広間をのびのびと通過した竹は、デッキへと続き、左へカーブを描いておりました。年々趣向を凝らした流し台にアップデートされていっています。来年はどんな流し台になるのでしょうか??今のうちから楽しみです。

IMG_3847

昨年より、よりあいの森とデッキで繋がる古民家に集っている子供達とともにお祭りを楽しんでいます。

その子供達とスイカ割をしました。「みぎ~!ひだり~!うしろ~!よこ~!もっとみぎ~!そこだ~!!」とみんなが大きな声でスイカの位置を教えるものなので、「ちょっと!みんな一辺に言いすぎてわからなーい!」とスイカを割る側の子供が困ってしまっているのを見ては一同が大笑いです。

IMG_20240822_172721_254

割ったスイカを食べ終えると、お馴染み「炭坑節」を三味線の音に合わせて踊りました。

IMG_3848

それから、これもお馴染み、よりあいの森神輿を「わっしょい!わっしょい!」子供達とお年寄り達を「わっしょい!わっしょい!」と担ぎ倒しました。

IMG_3890

最後にみんなで花火を楽しみました。

IMG_3860

IMG_20240822_172721_345

IMG_3903

IMG_20240822_172721_192

福岡市はまだまだうだるような暑さの日々が続いていますが、みんなで「納涼祭」を楽しめたおかげで心に涼やかしさを感じることができました。

福岡市のちゃちゃルーム

見失いがちなこと

ご飯を今一つ食べてくれなくなったおばあちゃんがいる。

食事が目の前にあるのに、固く閉じた口は一向に開く兆しを見せないことが増えてきた。

2時間くらい根気よく食事するお手伝いをすれば何とか食べてくれる時もある。一日一食食べたり食べなかったりの日もあれば、調子がよく、二食食べてくれる日もあったりする。

職員達は食べてもらいたいと想い、粘る。いつかこの固く閉じた口が開くと願い、粘る。その多くの想いと願いと粘りは固く閉じた口の前に撃沈することが多々ある。

正直なところ、開いてくれない口にイライラすることもある。溜息してしまうこともある。なぜ??と悶々とした気持ちになることもある。

好みの食べ物、飲み物を毎回準備してみる。食形態を工夫してみる。口腔ケアに力を入れる。生理面、医療面からのアプローチを考える。アイスノンで首筋や頬を刺激してみる。そもそも目が閉じていることが多いので、目が開いている時のタイミングを見計らってお手伝いをする。こうしたら食べるかも、ああしたら食べるかも、、これはよく食べてくれた、あれは口の開け方が違った等と職員同士が様々な意見を交わす。

このように食べてもらうことに集中しすぎた時間と日々を繰り返してきた結果、大事なことが抜け落ちていることに悩み始めた職員が一人、二人と現れてきた。

食べてもらいたいのは、職員達。それはもちろん、この先も変わらず元気で過ごしてもらいたいと願っているから。

しかし、実際にご飯を食べるのは目の前にいる口を閉ざしているおばあちゃん。この先も元気で過ごすかどうか、そのために食べるかどうかを決めるのは、口を閉ざしているおばあちゃん。

ん????

だとすると、自分達の「食べてもらいたい」という想いを押し付けすぎていないだろうか??

今「食べない」「食べたい意思はない」ことは、向き合っている職員は、頭ではわかっているのに、その時の「食べてもらいたい」という感情が勝り、専門職の使命感のようなものに動かされ「食べさせること」に情熱を注いでしまってはいないだろうか??

ある日、一人の職員が言った。

「このおばあちゃんとの関係の中で「食べる、食べない」ということしか話にでないのは良くないと思う。もちろん、食べてくれることに越したことはないけれど、もっと、なんか楽しいことしたくないのかな?行きたいところはないのかな?会いたい人はいないのかな??顔を合わせると食べて、食べて、ばっかり言われてて辛いのかもしれない。もっと他のところに目を向けた関わり方をしてみたい。」

IMG_3761

朝起きてから、床に就くまで、職員から「食べて!食べて!」の熱視線。一日の大半を食べることに全集中してくる職員達と向かい合ってきたおばあちゃん。随分と根気よく付き合ってくれていたな、、きつかっただろうな、、と振り返った。

もちろん、専門職として食べてもらいたいという気持ちは大切なこと。しかし、その正義感や使命感のようなものが勝ってしまった時、本人が望まない食べさせ方をしてしまっている時が往々にしてあるような気がする。

極端な言い方かもしれないが、それは本人の意思に関係なく胃ろうや鼻腔栄養を体の中に流し込んでいることと変わりはないのかもしれない。

自然な形で老いていくと、当たり前に身体機能は低下していく。その低下の仕方は人それぞれで、年齢で決まるものでもない。食べること、飲むことが生きていくことに不可欠であるということを忘れてしまったり、理解できなくなってくる方ともたくさん接してきた。

そのような方々に対して、押してばかりで引いてない、うまく引くことができていない関わり方はお年寄り達を知らず知らずのうちに苦しめているのかもしれない。

IMG_3766

今は一旦、「食べる」ことから少し距離をとり、馴染みの場所へ行ってみること、外の空気を吸うこと、環境を変えてみること、楽しく笑って過ごすこと等、五感を刺激してみることを考えながら関わるようになってきた。

この関わり方が功を奏して以前のように食べ始めてくれるかどうかは別として、、その方がこのおばあちゃんの暮らしにとっては「大事なこと」ではないだろうか、、という気がしている。

IMG_3737

http://yoriainomori.com/wp-admin/post.php?post=4412&action=edit
↑↑↑ 2018年3月のよりあいの森のブログで投稿していたもの。食べることを考えつつも、食べるに繋がるための関わりも大事にしてきた日々の実践を伝えたかった記事。